悟りへの扉

マクロビ悟り
プロジェクト

代表 中広行

代表 中広行

インド、タイ、ネパールの聖地を巡り、40年にわたる瞑想修行とマントラの研鑽を積む。ダライ・ラマ法王やサイババといった世界的な聖者との深い縁をもち、東洋の陰陽五行説からインド哲学、ヨガ、アーユルヴェーダに至るまで、この世を貫く宇宙の法則を完全に理解する。

2014年からは渡印を重ね、伝統的な智慧を現代人が実践できる形に体系化。頭の中の「ひとりごと(妄想)」から離れ、捏造された世界から抜け出すための「プライベート瞑想プージャレッスン」を主宰している。

単なる知識の伝達ではなく、その人のエネルギーや波動を高め、本来の魂の輝きを取り戻させる指導は、「人の人生を丸ごと生まれ変わらせる天才」と評される。現在は芦屋を拠点に、社会情勢や経済、精神世界を横断的に読み解く独自の視点から、人々をコンフォートゾーンの外側、すなわち「真の自由」へと導く悟りプロジェクトを続けている。

マクロビ悟りコラム②
悟る為の瞑想法

悟るとは?何を悟るのか?
悟り信じる事は対極にあります。

神様や仏様、また自分や他人を信じる事は、人間の不安、恐怖心、また弱さを克服したり、人生の中での目標を達成する為には大事な事でもあり、悟りの一助にもなりますが、阻害要因にもなりかねません。

例えば、病気になったらとにかく病院に行く。
病院嫌いは、先ずは玄米を食べる。
そのうちマクロビオティックなるものに出会う。
これはもしかして凄い事かも知れない!!と夢中になり実践する。

ある意味、マクロビオテックを信じて行うと言う事からスタートする訳ですが。

その結果として期待する事は当然ですが病気が治る事です。

しかし、本来マクロビオテックによって真に得られる事は囚われからの解放であり、
ある種の悟り体験であり、ある種の次元に入る事なのです。

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それは正にシンクロの連続体験になります。

悟りとは?何かと言うと。
ありのままの自分を観察する事です。

ありのままの自分に気付く。
ありのままの自分を受け入れる。

と言う連続になります。

では、ありのままの自分では無い!状態とは!?
何なのか!?と言いますと。

ズバリ!!

捏造した自分です。
嘘つきの自分です。

もしも、あなたが悟っていないとするならば。
同時に、あなたは嘘つきであり、自分を捏造して、自分を何か別のものに作り上げている。

創り込んでいる。

と言う事が事実、真実になります。

もしくは!
もっと冷静になって考えると。

あなたは!
何者かによって意図的に作り込まれた存在である
!!

と言えます。

何の為にか!?
と言いますと、それは都合よく、何かを肯定する為に、何かを維持しておく為にです。

それは、国家、政府に洗脳されているとも言えます。

もっと大きなものに。
それはそもそも仕組みと言うものそのものかも知れません。

勿論、教育や情報、制度や法律。

資本主義や共産主義、民主主義や何かの権威主義かも知れません。

一番の権威は、先ずはお母さんやお父さんかも知れませんし、お兄さんやお姉さんかも知れませんし。
お金かも知れません。

先生やコーチや師匠かも知れませんし、文化や文明かも知れません。

もしくは、人生における「価値」そのものかも知れません。

もしくは、「苦労」かも知れません。

感動や美談、尊敬や敬意かも知れません。

勿論ですが!

宗教は最も影響力のある、悟りの阻害要因になります。

悟りと言えばお釈迦さまになりますが、彼が今生きているとすれば、絶対に言える事は仏教に入信したり、お寺に足を運ぶ事は無いと思います。

キリストはキリスト教を信じ無いでしょうし、毎週日曜日には教会に行かないでしょう。

それだけはハッキリしています。

さて、話しを元に戻しますと。

ただ、ありのままの自分を知る事。

その為には自分を観察する必要があります。
ただ、観察するだけの事です。

では、一体何を観察するべきなのか!?と言いますと。
自分の思考そのものをです。

つまり、瞑想するとは!?
何も無の境地に没頭する事では無いのです!!

止めどもなくやってくる思考を観察する事なのです。

思考に気付く事なのです。

自然に沸き上がる思考の中にずっと存在している事に気付く事なのです。

その思考は感情とも連動しています。
思考が感情を呼び、感情が思考を創ります。

そして、想像の世界に入り込み、捏造し始めるのです。

自分が思う事、感じる事、想像する事、イメージする事の全てが妄想だと言う事です。

ですから、瞑想とは妄想する事から始まります。

ハッキリと断言出来る事は!

あなたは決して瞑想なんか出来ない!
瞑想と言いながら妄想に耽っているのです

その妄想は、あなたの思考の癖そのものであり、囚われている感情に支配されたものなのです!

どうですか!?図星でしょう!?

その事実を知る事を瞑想と言うのです。

その事実に唖然として、絶望する事が瞑想なのです!

私は、絶対に瞑想なんか出来ない!

気が付いたら妄想に耽っている。

もしくは、自分の想像の世界、つまりファンタジー、お花畑を描いてるに過ぎない!

と気付けた人こそが、瞑想のスタートになります。

そこから全てが
始まります。
その事実を認める事。

そして、
その妄想の世界が生み出す人生から抜け出そう!
と決意する事です。

もし、抜け出さないで、そのままの妄想の世界に存在する事を良しとするならば、
あなたは一生涯ずっーーーーーーと。
同じ事を妄想し続けて、同じ事の繰り返しを、この人生で経験し続ける事になるのです。

それは、例えばの話。
良いものをいくら食べようが。
最高の医療が受けれても。
どんなに知識を詰め込んでも。
神仏をいくら拝んでも。
いくら親孝行しても。
どれだけ社会貢献しても。
いくらお金を溜め込んでも。
どれだけ苦労しても。
どれだけ人に尊敬されても。

一切無駄な事なのです!

それらの全ては、あなたの妄想の世界であり、単なるファンタジーの世界で。

死ねば終わりなのです。

酷い話は!
死ぬ前に、気付く事になります。

全ては夢、幻、妄想だった、と。

それらは悪夢にしか過ぎないのです。

善人であろうが、悪人であろうが、どちらにせよ人を騙して、自分を騙して生きている!

それが実体なのです。

先ずは、その事に気づく事が瞑想の第一歩になります。

ですから、あなたが仮にどれだけ幸せでも、
健康でも、金持ちでも、成功者でも、おいおいあなたはそれらが虚構である事。

砂の器、砂上の楼閣である事を気付く事になります。

気付いていない人は、ただのお猿さんで、実際には猿回しのお猿さんで、必ず誰かもっと賢い人に回されているだけだと言う事にも気付いていない事になります。

ですから、人の最終段階は必ず瞑想に辿り着き。
悟りを開く事こそが人生の最終段階になります。

それまでは結局のところ、差別と偏見による不幸、困難、病気に一生捉われる事になります。

では、始めましょう。
正しい瞑想のスタートです!

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悟りへと進む3つの道